自賠責保険を先行すべき場合
基本的には、慰謝料等について、自賠責基準や任意保険基準よりも裁判所基準のほうが高額であること(→「通院慰謝料における3つの基準」)から、当事務所は、自賠責保険に対して請求するのではなく、「赤い本」に基づき、裁判所基準を主張して任意保険会社と交渉したり(※)、裁判を提起したりするのが通常です。
ただし、一定の場合には、先に自賠責保険会社に対して直接請求(被害者請求)をすることがあります。
その代表例として、被害者側の過失が大きいと見込まれる場合が挙げられます。
自賠責保険には、「重過失減額」という概念があり、これは、被害者の過失割合が「7割以上」の場合に初めて減額をする(=被害者の過失割合が7割未満の場合は減額をしない)というものです。そして、過失割合が「7割以上」の場合でも、傷害に係るものは一律「2割」として扱います(後遺障害又は死亡に係るものについては、①「7割以上8割未満」の場合は「2割」、②「8割以上9割未満」の場合は「3割」、③「9割以上10割未満」の場合は「5割」となります。)。なお、過失割合が10割の場合は自賠責保険は下りません。
そのため、過失割合が8割で、元となる自賠責の支払基準によれば3000万円、裁判所基準によれば5000万円の事故の場合、自賠責保険を先行させた場合は3000万円×70%(3割減)=2100万円、裁判を先行させた場合は5000万円×20%(8割減)=1000万円となり、自賠責保険を先行させた方が金額は高くなります。
そして、ここで重要なのは、自賠責保険を先行させた場合でも、裁判所は自賠責保険の判断には拘束されないということです。そのため、過失の判断が微妙な場合(裁判所の判断の予測が難しい場合)には、とりあえず先に自賠責保険に請求して、自賠責保険分の支払いを確保した後、自賠責保険では賄えなかった部分について、さらに加害者(加害者加入の保険会社)に対して損害賠償を求める裁判を起こすことが可能となります。
他方で、裁判を先行させた場合には、自賠責保険は裁判所の認定額を超える支払いはしてくれません。そのため、上記の例の場合、裁判を先行させることによって、2100万円-1000万円=1100万円の損をしてしまうということになります。
そのため、一律に裁判を提起するのではなく、事案ごとに適切な判断が必要となります。
(※)任意保険は、本来自賠責保険で賄われない賠償金について支払義務を負っているだけですが、多くの場合、任意保険会社は、賠償金を全額肩代わりし、後で自賠責保険会社に求償する扱いとしています(「一括対応」といいます。)。